業務災害補償保険と労災の違い?労災却下で上乗せ補償されるか?精神障害やうつ病は?分かりやすく社労士が解説いたします。
事業主にとって大きな悩みのひとつに、役員・従業員の業務中の怪我があります。
こういった労働災害は、貴重な人材を失うばかりか、見舞金等の費用負担の点でも重くのしかかってくる、とても大きな問題です。
今回の記事では、このような労働災害によって被る、事業主の費用負担を補償してくれる業務災害補償保険について解説していきます。
目次
- 1 労災保険制度とは
- 2 労働災害総合保険とは
- 3 使用者賠償責任保険とは
- 4 業務災害補償保険とは
- 5 業務災害補償保険と労災保険制度の違いは?
- 6 商工団体を活用した保険料の割引制度
- 7 保険金支払い事例
- 8 Q&A:業務災害補償保険に関する質問と回答
- 9 まとめ
労災保険制度とは
まず、政府労災について解説します。労災保険制度は、労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付を行う、公的な保険制度です。
原則として一人でも労働者を使用する事業は、事業の種類や規模を問わず、すべてに適用され、事業主に加入義務が発生します。
自動車でいう自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)に似た概念になります。
労災保険の補償内容は、大きく下記の8種類に分類されます。
・療養(補償)給付
・休業(補償)給付
・障害(補償)給付
・遺族(補償)給付
・葬祭料・葬祭給付
・傷病(補償)年金
・介護(補償)給付
・二次健康診断等給付
療養(補償)給付
療養(補償)給付・・・傷病で療養するとき
休業(補償)給付
休業(補償)給付・・・傷病の療養によって休業し、賃金を受け取れないとき
障害(補償)給付
障害(補償)給付・・・傷病の治癒後、障害等級第1~14級の障害が残ったとき
遺族(補償)給付
遺族(補償)給付・・・労災事故によって死亡したとき
葬祭料・葬祭給付
葬祭料・葬祭給付・・・死亡した人の葬祭を行うとき
傷病(補償)年金
傷病(補償)年金・・・傷病が療養開始後1年6か月を経過した日または同日後において、一定の要件に該当したとき
介護(補償)給付
介護(補償)給付・・・障害(補償)等年金または傷病(補償)等年金受給者のうち第1級の者または第2級の精神・神経の障害および胸腹部臓器の障害の者であって、現に介護を受けているとき
二次健康診断等給付
二次健康診断等給付・・・事業主が行った直近の定期健康診断等(一次健康診断)において、一定の要件に該当するとき
※通勤災害の場合、(補償)の文字はつきません。
補償内容の詳細につきましては、下記参考サイトのP8~9をご確認ください。
労働災害総合保険とは
次に、保険会社各社より販売している労働災害総合保険について解説します。
通称、労災の上乗せ保険と呼ばれ、政府労災で不足する補償を補う法人保険であり、損害保険の一種です。
建設業や製造業といった、特に労災事故のリスクの高い業種にとっては必須の保険といえます。
【参考サイト:厚生労働省 令和5年の労働災害発生状況を公表】
政府労災への加入が義務付けられているのだから、わざわざ労災の上乗せ保険に加入する必要なんてないのではないか、と思われるかもしれません。
たしかに従業員が業務中や通勤途上に怪我を負い、労災認定されたら給付を受けることはできます。
しかし、その補償額は、決して従業員やその遺族が満足できるほど充分なものではありません。
そういった不足を補う意味で、労災上乗せ補償は法人にとって必須の保険といえます。
ここで労働災害総合保険の補償内容について簡単に触れたいと思います。
基本的には政府労災と支給要件は連動しています。
労災の認定を条件として、労働災害総合保険からも上乗せの補償を受けることができるという仕組みです。
しかし、労働災害総合保険ならではの大きな特徴があります。
それは、特約を付帯することで補償範囲を広げることができるという点です。
特約の種類は保険会社各社により取り扱いが異なりますが、今回特に重要な特約である、使用者賠償責任保険について触れたいと思います。
使用者賠償責任保険とは
従業員が業務災害で被った怪我等によって、会社側に責任があるとして損害賠償を求められた際、賠償金や争訟費用等の費用を補償してくれるものです。
近年、従業員に対する賠償金の額は年々増加傾向にあります。場合によっては何千万円、何億円なんて額にのぼることもあります。
こういった費用負担が発生してしまうと、企業にとっては経営を揺るがす程の大きな経済的ダメージとなります。
このような費用を捻出するのは容易ではありません。
効率よく賄うために、使用者賠償責任保険を特約として付保することが重要です。
業務災害補償保険とは
労働災害総合保険と同様に、保険会社各社より販売している業務災害補償保険について解説します。
業務災害補償保険とは、労災に関わるリスクを総合的に補償する保険で、保険会社各社より販売されている、比較的新しい損害保険です。
従来からある労働災害総合保険と同様、労災の上乗せを目的とした保険になりますが、労働災害総合保険にはない大きな特徴があります。
その特徴を3つ紹介します。
特徴①:労災認定を待たず、スピーディーな保険金給付が得られる
特徴②:特約の幅が広い
特徴③:保険料が高い
特徴①:労災認定を待たず、スピーディーな保険金給付が得られる
業務災害補償保険の最大の特徴であり、かつ事業主にとって一番うれしい特徴が労災認定を待たずに保険金給付を受けることができる点です。
一般的に労災は認定までに時間がかかります。長いケースだと認定まで半年を要することもあります。
その点、業務災害補償保険は、保険金の支払いに労災認定を要件としておりません。
保険会社へ事故報告し、保険金請求書とその他添付書類を提出すれば、保険金の給付を受けることができるのです。
特徴②:特約の幅が広い
業務災害補償保険の特徴の二つ目として、付帯できる特約が多いという点が挙げられます。
保険会社によって取り扱う特約は異なりますが、主な特約を下記に紹介します。
天災危険補償特約
通常、支払対象外となる地震や噴火、津波によって生じた損害については保険金の支払い対象外となりますが、この特約を付帯することで、このような事由においても保険金支払いの対象となります。
雇用慣行賠償責任補償特約
ハラスメントや不当解雇等の不当行為により従業員から損害賠償請求がなされた場合、事業主が負担する訴訟費用等を補償します。
フルタイム補償特約
業務外において発生した事故による怪我についても保険金を支払う特約です。
事業者費用補償特約
従業員が業務中の事故等で死亡した場合で、事業主が負担した葬儀費用、香典、花代等といった葬儀関連費用を補償します。
特徴③:保険料が高い
業務災害補償保険は非常に充実した補償内容となっております。
その反面、保険料は同種の保険である労働災害総合保険と比較し、割高な水準となっています。
保険料の例を参考までに記載いたします。
参考:リスク診断割引、商工団体を活用した割引制度あり
特徴③で説明したように、業務災害補償保険の保険料は非常に高い水準になっています。
しかし、リスク診断割引や、商工団体を活用した保険料の割引制度が整備されています。それぞれについて説明します。
リスク診断割引
保険会社所定の質問項目に回答することにより、最大20~30%の保険料の割引が適用できます。
質問項目の例を下記ご案内いたします。
・保険契約締結時点で、ISO9001、ISO14001、ISO22000、ISO45001、HACCPのいずれかの認証を 取得済(全事業所・一部事業所を問いません)ですか。
・安全衛生管理規定を作成している、または中小企業庁「事業継続力強化計画」の認定を受けていますか。
・「ゼロ災運動」、「危険予知訓練(KYT)」等、職場の安全管理に取り組んでおり(中央労働災害防止協会へ の登録の有無は問いません)、文書(電子媒体形式を含みます)により、その記録が確認できますか。
業務災害補償保険と労災保険制度の違いは?
ここで、業務災害補償保険と労災保険制度の大きな違いについて3つのポイントで整理したいと思います。
ポイント①:任意加入か強制加入か
労災保険制度、いわゆる政府労災は、従業員が一人でもいる場合、事業主には必ず加入しなければならない義務があります。
この場合の従業員は正社員の場合のみならず、パートやアルバイト勤務であっても同様です。
これに対して、業務災害補償保険は労災上乗せ保険とも呼ばれ、政府労災の不足部分を補うことを目的に、民間の保険会社で取り扱っている任意加入の損害保険です。
業務災害補償保険は、労災保険制度では補償されない慰謝料や訴訟対応費用についても補償することができます。
【参考サイト:あいおいニッセイ同和 タフビズ業務災害補償保険】
ポイント②:給付までの時間
政府労災は認定から実際に給付されるまでに、非常に長い日数を要します。
請求書を受理してから認定までの期間が平均4か月程度かかる、と謳っているサイトもあるほどです。
障害や介護といった、認定までに日数を要するものもあれば、休業(補償)給付など、請求内容に問題がなければ比較的早期に給付できるものもありますので、一概には言えないものの、やはり世間的には労災認定には時間がかかるとのイメージはあるようです。
それに対して業務災害補償保険は政府労災とは比較にならないほどの早期の給付が可能です。
業務災害補償保険は政府労災の認定を必要とせず、保険会社所定の保険金請求書の提出があれば審査を進めることができます。
スピーディーな給付は、事業主にとっては非常にうれしい点です。
ポイント③:保険金の受取人
政府労災は支給申請したものについては、基本的に被災労働者本人やそのご遺族に直接支払われます。
上記申請書において、それぞれ被災労働者やご遺族の受取口座の記載欄が確認できると思います。
それに対して、業務災害補償保険では、保険金の受取人を法人に指定することが可能です。
法人がいったん受け取り、社内の災害補償規程に則って被災労働者やそのご遺族に支給するという取り扱いが可能です。
この取り扱いによって、被災労働者やそのご遺族も会社に対する心証を良くする効果があります。
その後の訴訟リスクを抑える意味でも、この取り扱いは非常に大事です。
商工団体を活用した保険料の割引制度
商工団体のスケールメリットを活かすことで、保険料を割り引くことができます。
なお、商工団体が包括加入者となって損害保険会社と契約し、各地の商工会議所の協力のもとに運営していることから、商工会議所会員でないと加入できないという点には注意が必要です。
【参考サイト:損保ジャパン 商工会議所会員の皆さまへ 業務災害補償プラン】
保険金支払い事例
ここで、業務災害補償保険における保険金支払い事例をいくつか紹介します。
筆者や同僚が実際に対応した事例を、実名を伏せて紹介しますので、近い業種の方はぜひ参考にしてください。
事例①:作業中の転落事故(死亡)
事故内容:作業員が高所作業中に足場から転落し、搬送先の病院で死亡。
支払保険金:死亡補償金 2,000万円、葬祭料 50万円
備考:労災保険では不十分だった遺族補償を補う目的で支払い。
【事故の詳細な経緯】
1.作業開始
・午前8時に朝礼を実施、当日の安全確認を含む作業指示を受けた後、作業開始。
・作業員は5階相当の高さ(約15メートル)にて鉄骨組立の作業に従事。
2.安全帯の未着用または不適切使用
・作業の従事に際し、本来はフルハーネス型の安全帯の装着が義務付けられていたが、暑さや作業のしづらさを理由に、腰ベルトのみの簡易な器具を使用していた可能性がある。
3.足場の踏み外し
・材料の受け渡し中に、作業員が一時的に仮設足場の端部へ移動。
・足元の鋼板が雨で濡れて滑りやすくなっていたため、バランスを崩して転落。
4.墜落・搬送
・約15メートル下の地面に転落し、頭部と胸部を強打。
・現場の同僚がすぐに119番通報、ほどなく救急車が到着。
・都内の救急病院へ搬送されたが、内臓破裂と頭蓋骨骨折により搬送先で死亡が確認。
【事故後の対応】
1.労働基準監督署による調査
・安全帯の使用状況、作業手順、足場の設計図などを精査。
・事業主に対して労働安全衛生法違反の疑いで是正勧告。
2.会社による対応
・遺族に対し、政府労災を通じた遺族補償を行う。
・加えて、業務災害補償保険に基づき、死亡保険金2,000万円+葬祭料50万円を支給。
・社内での安全教育の見直し、作業マニュアルの改訂を実施。
【再発防止策】
1.フルハーネス着用義務の徹底(現場監督が毎朝確認)
2.足場点検記録の義務化と滑り止め対策の強化
3.熱中症対策を講じつつ、装具の着用を妨げない作業環境づくり
事例②:通勤中の交通事故(後遺障害)
事故内容:自転車通勤中に車と接触、脊椎損傷で下半身不随に。
支払保険金:後遺障害保険金(1級)3,000万円
備考:労災保険でも補償はあったが、長期の生活支援が必要なため追加補償を受給
【事故の詳細な経緯】
1.出勤途中の状況
・午前9時15分ごろ、自宅から最寄り駅までの約15分の区間をスポーツタイプの自転車で通勤。
・通勤経路は事前に会社に申請されており、業務上の「通勤災害」に該当する範囲。
2.事故発生の瞬間
・交差点の信号が青に変わり、自転車で直進中。
・対向車線の乗用車が右折しようとした際、自転車に気づかず交差点内で衝突。
・被害者は自転車ごと道路に投げ出され、背中から地面に強く打ち付けられた。
3.救急搬送と診断
・通行人が通報し、程なくして救急車が到着。
・地元の大学病院へ搬送され、精密検査の結果、「脊椎損傷(T12-L1)」と診断。
・緊急手術が行われたが、両下肢の麻痺(完全対麻痺)が残り、下半身不随となる。
【その後の対応】
1.政府労災による労災認定
・通勤中の事故であることが確認され、「通勤災害」として正式に認定。
・政府労災からは療養給付、休業給付、障害給付が支給。
2.業務災害補償保険からの支払い
・企業が契約していた業務災害補償保険により、以下の保険金が支給された。
後遺障害保険金(1級)3,000万円
介護支援一時金:100万円
自宅改修支援金:50万円(バリアフリー化の一部)
3.会社による支援
・在宅勤務への切り替え提案(ただし職務上困難と判断し、休職扱いに)。
・復職支援カウンセリングや家族へのサポート提供。
【加害者の処分・損害賠償】
1.加害者(自動車の運転手)は業務中の運転ではなかったため、個人として民事責任を負う形に。
2.別途、加害者側の自動車保険会社からも被害者側へ数千万円規模の損害賠償金が支払われた。
【教訓と企業対応】
自転車通勤の安全指導が不十分だったとされ、会社では下記対応を実施した。
・自転車通勤許可制の厳格化(ヘルメット着用義務付け)
・通勤災害リスクを含めた就業規則の見直し
・従業員向け保険の補償内容拡充の検討が行われた
事例③:工場での機械事故(治療・休業補償)
事故内容:従業員がプレス機に手を挟まれ、指の切断支払い
保険金:入院費用補償 100万円、休業補償 3か月分(約90万円)、後遺障害補償 600万円
備考:復職支援も兼ねて企業がカウンセリング費用を別途負担
【事故の詳細な経緯】
1.作業環境と背景
・午前の通常業務中での出来事。プレス工程は1日300回以上繰り返す作業。
・使用していたのは「自動送り装置付きプレス機」だが、一部工程では手動で材料の位置を微調整する必要があった。
・新人作業員だったが、業務には慣れており、事故当日も通常通り操作。
2.事故発生の瞬間
・プレス機に金属板をセットした後、位置がずれていることに気づき、機械が完全に停止していない状態で手を差し入れた。
・機械はセンサー式の安全装置付きだったが、センサーの反応が遅延していた可能性あり。
・金型が下りてきて、右手の中指と薬指を挟み込み、第一関節より先を切断。
3.初期対応
・同僚が即座に非常停止ボタンを押し、工場責任者が救急車を手配。
・指の一部は回収されたが、病院での手術でも再接合は不可能と判断。
・翌日以降、精神的ショックによる一時的なフラッシュバックも発生。
【その後の対応】
1.政府労災の適用
・「業務上の災害」として即時に労災申請。
・療養補償給付(治療費全額)、休業補償給付(約90万円)が支給。
2.業務災害補償保険からの支払い
・被害程度に応じた後遺障害等級 9級が認定され、以下の保険金が支給。
後遺障害保険金:600万円
入院・通院補償金:100万円(約2週間の入院+通院4か月分)
休業補償金:約90万円(3か月分の給与補填)
3.会社側の対応
・安全マニュアルの改訂と再教育を実施。
・被害者はリハビリ後、軽作業への配置転換(被害者本人の希望により)。
・精神的ケアのため、外部カウンセラーのサポートも手配。
【事故原因と再発防止策】
1.主な原因
・安全装置の機能低下(点検不十分)
・作業員の安全意識の油断(慣れ)
・手動での介入を許す工程設計の甘さ
2.再発防止策
・プレス機に両手操作式安全スイッチを導入(両手でないと作動しないようにする)
・毎日の点検記録義務化とチェックリスト導入
・作業工程の完全自動化を検討し、手を入れる余地をなくす
事例④:過労によるうつ病(精神障害)
事故内容:長時間労働とパワハラによりうつ病を発症、長期休職支払い
保険金:精神疾患による休業補償 180万円(6か月分)+カウンセリング費用補助
備考:精神障害の労災認定はハードルが高いが、認定後の上乗せ補償が重要
【事故の詳細な経緯】
1.職場環境と業務状況
・大手クライアントを担当しており、納期・成果のプレッシャーが大きかった。
・月間の残業時間は平均80〜100時間に達しており、深夜帰宅が常態化。
・部内では「数字がすべて」という風土が強く、管理職による威圧的な叱責が頻繁にあった。
2.パワーハラスメントの内容
・上司から「人として終わってる」「お前は向いてない」など人格否定的な言葉を継続的に受ける。
・業務上のミスを全社員にCCで送られるメールで晒されるような対応も。
3.体調の変化と受診までの流れ
・不眠・食欲不振・強い自己否定感・出社前の嘔吐などの症状が出始める。
・家族のすすめで心療内科を受診したところ、「うつ病」と診断され、即時休職。
・主治医の意見により、「職場要因が強く関係している」と判断される。
【その後の対応】
1.労災申請と認定
・会社経由で「精神障害に関する労災請求(様式5号)」を提出。
・「長時間労働」と「上司による継続的なパワハラ」が因果関係として認定され、労災認定。
・政府労災から以下が支給:
療養補償給付(通院・薬代)
休業補償給付(給与の約8割程度)
2.業務災害補償保険からの支払い
・政府労災の認定に基づき、以下の補償が支給された。
精神疾患による休業補償:180万円(6か月分)
通院補助金:30万円
カウンセリング費用補助(最大20万円)
3.会社側の対応
・ハラスメント調査委員会を設置、加害上司に対して厳重注意処分。
・組織全体でのハラスメント防止研修の履修を義務化。
・労働時間管理の厳格化と「勤務間インターバル制度」の導入。
【復職と今後】
・休職期間は合計11か月間。
・復職に際し、段階的な勤務(週3日短時間勤務からスタート)とし、部署異動。
・本人の希望もあり、現在は人事部で福利厚生施策に携わるポジションへ。
【事故原因と再発防止策】
1.原因
・明らかに過剰な業務負担と職場風土によるメンタルヘルス悪化。
・管理職層の意識不足と企業体制の甘さ。
2.再発防止策
・社内ハラスメント通報制度の匿名化・強化
・従業員支援プログラムの全社導入
・毎月のストレスチェック+年2回のメンタルヘルス研修の実施
事例⑤:社外活動中のけが(業務外に近いケース)
事故内容:出張先での移動中、階段から転倒し骨折支払い
保険金:治療費補償 50万円、休業補償 1か月分
備考:業務との関連性が認められ、保険金支払い対象に
【事故の詳細な経緯】
1.出張当日の行動
・午後3時に取引先との会議を終え、ビジネスホテルにチェックイン。
・翌朝に備えてパソコンや資料を持ち部屋へ移動していた。
2.事故発生の瞬間
・エレベーターが混雑していたため、2階から4階まで階段で移動。
・ノートPC入りのカバンと書類を両手に持っていたため、手すりを使わずに昇降。
・4階手前の踊り場で足を滑らせ、右足から落下、階段途中で転倒・転落。
・激痛と腫れが見られたため、ホテルフロント経由で救急搬送された。
3.診断の結果
・地元の整形外科で「右脛骨(けいこつ)骨折」と診断。
・全治約3か月。ギプス固定と松葉杖による移動が必要となった。
【その後の対応】
1.政府労災の適用
・出張中の移動であり、業務遂行中とみなされるため、「業務災害」として政府労災が適用。
・以下の給付が認められた:
療養補償給付(医療費全額)
休業補償給付(給与の約80%)
2.業務災害補償保険からの給付
・会社が加入していた業務災害補償保険により以下が支給。
入院・通院保険金:約50万円(1か月間の入院+通院2か月)
休業保険金:60万円(実際の給与補填)
※後遺障害が残らなかったため、後遺障害保険金の支給なし
3.会社側の対応
・復帰後の業務を一時的に内勤に切り替え、通勤も時差出勤を認める対応。
・出張規程の見直しが行われ、「手荷物が多い場合は階段使用を避けるよう明記」。
・安全管理担当者による「出張先での安全行動チェックリスト」を新たに導入。
【事故原因と再発防止】
1.主な原因
・両手が塞がっており、手すりを持たずに階段を使用したこと。
・革靴のソールが滑りやすく、かつ疲労もあったと考えられる。
2.再発防止策
・出張前オリエンテーションで安全行動に関する注意喚起を徹底。
・書類やPCの運搬にはリュック・キャリーケースを推奨。
・出張報告書に「ヒヤリハット体験記入欄」を設け、注意喚起の共有を図る。
今回紹介した事例はどれも、どのような業種であっても仕事をしている限り起こり得る事例です。
事故の際に業務災害補償保険によって政府労災の上乗せ部分を補償できれば、企業が従業員の安全を守るためだけでなく、採用力の強化や福利厚生の充実にもつながるといえます。
Q&A:業務災害補償保険に関する質問と回答
最期に業務災害補償保険に関する質問と、それに対する回答をいくつか紹介します。質問はすべて筆者が現場で受けたものになります。
回答も詳しく記載しておりますので、ぜひ参考にしてください。
質問①:労災申請が却下された場合、労災上乗せ保険で補償されますか?
とある事業の経営者です。従業員数もそれほど多くはなく、いわゆる中小零細企業ではありますが、従業員の福利厚生のために、労災上乗せの保険に加入しています。
先日、従業員が通勤途上に転倒して骨折してしまいました。まずは政府労災に申請をしたところ、労災認定が却下されてしまったのです。
詳しい原因は理解できなかったのですが、どうやら私傷病と認定されたからのようです。
それでも従業員のために何らかの形で補償してあげたいのですが、労災上乗せからは補償できますか?
回答|政府労災の認定を要件とするものと、政府労災の認定を必要としないものがあります。
政府労災の認定がおりなかった場合でも、労災上乗せ保険から補償を受けることができることもあります。
労災上乗せ保険には 、「政府労災の認定を条件とするタイプ」と、「政府労災の認定がなくても保険会社の独自基準で補償するタイプ」の2つがあります。
政府労災の認定を条件とするタイプ
・労災認定された場合のみ、保険金が支払われます。
・労災不支給(却下)の場合、上乗せ補償も支払われないことが原則。
・この場合、不服申し立て(再審査請求・審査請求)を行い、労災認定を再び目指す必要があります。
つまり、労働基準監督署が「私傷病(通勤災害ではない・私的な要因)」と判断すると、政府労災からは不支給となるため、業務災害補償保険からの補償はありません。
労災不支給でも支払対象となる保険(独自審査型)
・一部の労災上乗せ目的で入る保険では、保険会社が独自に業務起因性の有無を判断します。
・労災申請が却下された場合でも、事故状況・医師の診断・勤務実態などを基に支払いされることがあります。
・特に、「業務起因性が微妙な通勤災害」や「精神疾患」「労災認定に時間がかかるケース」で活用されます。
たとえば通勤中にスマホを操作していて転倒したという事例で、政府労災の認定は得られず、労災不支給だったとします。
しかしこの場合でも、保険会社の判断で「一定の通勤災害」と認定し補償が支払われることもあるのです。
一般的に、民間の保険会社が販売している「業務災害補償保険」では、保険金支払いに際して、必ずしも政府労災の認定を要件としていません。
一方で、「労働災害総合保険」では、保険金の支払いには、政府労災の認定を要件としています。
どちらも労災の上乗せ補償をカバーするために加入するものではあります。
質問者様が加入されている労災上乗せ保険がどのような保険なのかはわかりませんが、まずは加入している保険会社に支払要件を確認してみることをおすすめします。
質問②:精神障害(うつ病など)も補償対象ですか?
IT企業の総務部で働いている者です。従業員数も多い会社ではないので、リスク管理についても総務で担っています。
先日、当社の従業員がうつ病に罹ってしまいました。うつ病のような精神疾患は業務災害補償保険の補償対象になるのでしょうか?
ケガをした等の明確な外傷があるわけではないので、補償されるのか心配です。ぜひ教えてください。
回答|精神疾患も補償対象となる余地があります。
結論を先に言いますが、保険会社所定の要件を満たすことで、精神疾患も補償対象になりえます。
業務災害補償保険で補償されるためには、まず政府労災で「業務起因性のある精神障害」として認定される必要があるケースが一般的です(保険会社によっては独自審査しているところもあります)。
以下、補償対象となる具体的なケースや補償される内容について解説することで、質問に対する回答をさせていただきます。
具体的に補償対象となるケース
以下のような状況で発症したうつ病・適応障害・PTSDなどは補償対象になる余地があります。
・長時間労働(月80時間超の残業など)・・・補償対象になる可能性は高い
・上司や同僚によるパワハラ・暴言・・・補償対象になる可能性は高い
・社内でのいじめ、仲間外れなど・・・補償対象になる可能性は高い
・強いプレッシャーのかかる業務(重大事故、過重責任)・・・補償対象になる可能性は中~高程度
・配置転換や異動による適応障害・・・状況による
※家庭環境や私的な要因のみ(離婚など)は補償対象外となります。
補償される内容
ご契約内容にもよりますが、一般的には下記の補償が含まれます。
補償内容 | 具体例 |
---|---|
休業保険金 | 精神障害による休職期間中の所得の一定割合(例:給与の60〜80%) |
入通院補償 | 通院日数または期間に応じた定額補償(例:1日あたり5,000円など) |
精神障害一時金 | 労災認定された場合に一時金(例:30万円〜100万円)を支給 |
後遺障害補償 | 精神疾患が長期化し、就労不能となった場合の後遺障害認定に基づく補償 |
訴訟対応費用補償 | 被害者が会社に損害賠償請求を行った場合の弁護士費用などをカバー |
参考:労災認定に必要なポイント
厚生労働省の「精神障害の労災認定基準(改正2020年)」では、以下の3点が重視されています。
1.発症の直前に強い心理的負荷(ストレス)があったか?
2.発症時点での業務内容との関連性が明確か?
3.私的な問題(家庭トラブル等)との区別がつくか?
〈具体例〉
・月100時間残業 → 労災認定の可能性大
・「上司の暴言によって自尊心を喪失し、発症」→ 業務起因性が明確なら認定される可能性あり
精神疾患と政府労災、民間の保険に関するよくある誤解
裁判の内容 | 実際の対応 |
---|---|
遺族が「安全管理義務違反」で訴訟 | 政府労災・民間の保険ともに対象となりうる。 |
被害者が損害賠償請求 | 同僚の証言・LINE・メール記録などが証拠になる。 |
通勤災害と認められず訴訟に発展 | 通院日数や診断内容に応じた補償が可能なプランもある。 |
損害なしと判断される可能性 | 適切な証拠と経緯があれば、十分に認定される事例も多い。 |
うつ病を初めとした精神疾患に対する理解がされてきたことにより、一昔前ほど精神疾患に関する労災認定のハードルは下がってきています。
適切な根拠資料があれば、精神疾患の労災認定は難しくありません。ぜひ参考にしてください。
質問③:万が一訴訟になった場合の対応もしてもらえますか?
サービス業の経営者です。詳細は伏せますが、ある程度肉体労働的な要素もある業務内容です。
従業員の権利意識の高まりから、最近では労働問題が発生するとすぐに訴訟に発展するという話を聞いたことがあります。
業務災害補償保険には加入しているのですが、この保険で訴訟に対する対応も可能なのかどうか教えてください。
回答|業務災害補償保険でも、訴訟リスクに対応したプランがあります。
業務災害補償保険の中には、企業が従業員から損害賠償請求を受けた場合の弁護士費用や、損害賠償金をカバーする 「使用者賠償責任補償(または雇用慣行賠償責任補償)」 が特約として付帯することができます。
以下、使用者賠償責任補償について、その補償概要を説明します。
使用者賠償責任補償とは?
企業が従業員に対して、業務上の災害により損害賠償責任を負った場合の補償をいいます。
これは、労災保険の補償とは別に、民法上の責任や安全配慮義務違反を問われた場合に活用されます。
【補償される費用の例】
補償される費用 | 説明 |
---|---|
損害賠償金 | 企業が裁判で支払いを命じられた、または和解した際の金額 |
弁護士費用・訴訟対応費用 | 法律相談料・訴訟対応費・弁護士報酬など |
和解交渉費用 | 裁判に至らず、示談・ADR等による和解を行った場合の交渉費用 |
証拠収集・調査費用 | 事故の原因調査や専門家の鑑定費用など |
社会的信用対策費用 | 場合によってはメディア対応や対策広報費用などが補償される場合もあります |
【補償される主な訴訟事例】
事例 | 裁判の内容 | 使用者賠償責任補償の対象? |
---|---|---|
高所作業中の墜落事故で従業員死亡 | 遺族が「安全管理義務違反」で訴訟 | 対象となる |
パワハラによるうつ病発症で休職 | 被害者が損害賠償請求 | 対象となる |
通勤途中の事故で労災不支給→従業員が企業に請求 | 通勤災害と認められず訴訟に発展 | 対象となりうる(契約内容次第) |
使用者による過失がなく不可抗力だった場合のケガ | 損害なしと判断される可能性 | 対象外(ただし弁護士費用は支給される場合あり) |
【保険適用のための条件・注意点】
・事故が発生したのが保険期間中であること
・企業が法律上の損害賠償責任を負うケースであること
・故意の違法行為(わざと危険な業務を命じたなど)の場合、補償対象外
・刑事責任(業務上過失致死など)には対応していないのが一般的
【雇用慣行賠償責任保険との違い】
種類 | 対象範囲 | 補償内容 |
---|---|---|
使用者賠償責任補償 | 労災事故等、業務災害に関する訴訟 | 災害に起因する損害賠償・訴訟費用 |
雇用慣行賠償責任保険 | ハラスメント・差別・不当解雇など雇用トラブル全般 | 精神的損害・慰謝料・訴訟費用 |
このように業務災害補償保険でも、特約を付帯することで一定の訴訟対応が可能となります。
対象となるのは弁護士費用や法律上の損害賠償金、和解費用等となります。
特約は使用者賠償責任のみをカバーするのではなく、雇用慣行賠償についてもカバーすることがおすすめです。
ハラスメントや不当解雇に端を発した訴訟リスクも高まっていますので、しっかり備えておきましょう。
まとめ
業務災害補償保険は、業務災害リスクの高い業種を営んでいる多くの企業が加入しています。
近年では労災事故をめぐる民事訴訟で、数千万円~1億円超の高額賠償事例も出てきていて、政府労災だけでは補償を充分に得られない場合も多くなっています。
業務災害補償保険は補償内容が充実している分、保険料も高い水準になっています。
保険会社独自の割引制度や商工団体のスケールメリットを活かした割引制度を活用し、合理的な保険料で加入を検討することをおすすめします。