起業や会社設立時の社会保障や社会保険料についてFPが解説いたします。
コロナ禍の影響もあり、日本では2021年よりフリーランスの数が増えています。
会社員の方は、毎月もらう給与明細で、健康保険料や厚生年金保険料といった社会保険料が控除されていることを確認できるでしょう。
ただ会社員の方で、どのような手続きを経て社会保険に加入し、保険料が計算されているかまで意識している人はきっと多くないのではないでしょうか。
会社員という雇われの立場から独立して事業主という立場になると、こういった社会保険の加入手続きもしなくてはなりません。
今回の記事では、法人の設立一年目にすべき保険の手続きについて解説します。
会社設立時の加入すべき保険
会社を設立した場合、労働保険、社会保険への加入の義務が発生します。
これは法律によって定められた義務であり、義務を怠ると罰則もある、非常に厳格なものです。会社設立時に必ず手続きをしなければならない保険は、健康保険、厚生年金保険、労災保険、雇用保険の4種類です。まずそれぞれの概要について説明します。
健康保険
健康保険とは、会社員が加入することになる公的医療保険の名称です。
社会保険に分類されます。日本では国民皆保険制度という、世界的に見ても非常に恵まれた公的医療保険制度のもと、全国民は必ず何らかの公的医療保険制度への加入が法的に義務付けられています。
そのおかげで公的医療保険の被保険者は病気やケガで病院に診察してもらったとき、治療にかかる費用の自己負担額が1~3割で済む等、大きな恩恵を受けることができます。
ここで、健康保険の主な給付の種類を下記に記載します。
療養の給付
療養の給付・・・上記でも説明した、健康保険の代表的な給付です。健康保険の被保険者が業務以外の事由により病気やけがをしたときは、健康保険で治療を受けることができます。その際の病院の窓口での自己負担額は、医療費総額の3割です(年齢、所得等の要件により異なります)。
高額療養費
高額療養費・・・重い病気などで病院等に長期入院したり、治療が長引いたりした場合には、医療費の自己負担額が高額となります。
そのため家計の負担を軽減できるように、一定の金額(自己負担限度額)を超えた部分が払い戻される制度を高額療養費制度といいます。
所得金額等の要件によって、自己負担限度額は異なります。
傷病手当金
傷病手当金・・・病気休業中に被保険者とその家族の生活を保障するために設けられた制度で、病気やけがのために会社を休み、事業主から十分な報酬が受けられない場合に受給することができます。
受給額は、働いていた時にもらっていた一日あたりの給与額のおよそ3分の2の額となります。
出産育児一時金、家族出産育児一時金
出産育児一時金、家族出産育児一時金・・・被保険者及びその被扶養者が出産された時に一時金の支給を受けることができます。
支給額は一定の要件により、1児につき42~50万円です。多胎妊娠の場合には、出産された胎児数分の支給があります。
また、妊娠85日を経過して早産してしまったような場合も支給を受けることができます。
その他の給付の詳細につきましては、下記の参考サイトをご確認ください。
主に会社員が加入する健康保険の保険料は、会社と従業員とで負担割合は折半となります。従業員は毎月の給料から控除されることで自己負担分を納めています。
厚生年金
厚生年金保険は、会社員が加入する公的年金保険制度です。社会保険に分類されます。
厚生年金保険の適用事業所で働く、70歳未満の従業員が加入することになります。
公的医療保険同様、年金においても日本は国民皆年金制度のもと、国民は必ず何らかの公的年金制度の対象となっています(国民皆年金制度が対象としているのは、基本的に20~59歳のすべての人です)。
年金というと、リタイアしてから受給する老齢年金を想像される方が多いと思いますが、それ以外にも受給できる場合があるのです。
厚生年金保険で受給できるのは下記の3種類となります。
老齢厚生年金
老齢厚生年金・・・老齢基礎年金が受給できる方(※)で厚生年金の加入期間がある場合に、老齢基礎年金に上乗せして65歳から受け取ることができます。
(※)老齢基礎年金は、保険料納付済期間と保険料免除期間などを合算した受給資格期間が10年以上ある場合に、受給できます。
【参考サイト:日本年金機構 老齢厚生年金の受給要件・支給開始時期・年金額】
障害厚生年金
障害厚生年金・・・厚生年金保険の加入期間中に一定の障害が発生した場合に受給することができる年金です。
加入期間中に医者に診てもらう必要があったり、一定の障害等級に該当するなど、受給にはいくつかの要件を満たす必要があります。
【参考サイト:日本年金機構 障害厚生年金の受給要件・請求時期・年金額】
遺族厚生年金
遺族厚生年金・・・厚生年金保険の被保険者、または被保険者であった者が死亡した際に、その者によって生計を維持していた等の要件を満たす、一定の遺族が受け取れる年金です。
【参考サイト:日本年金機構 遺族厚生年金(受給要件・対象者・年金額)】
労災保険
労災保険とは、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷・疾病・障害又は死亡に対して、労働者やその遺族のために、必要な保険給付を行う制度です。
労働保険に分類されます。
下記に主な給付の内容を記載します。
療養(補償)等給付
療養(補償)等給付・・・業務災害や通勤災害で負ったケガや病気を治療する際に受給できる給付です。
治療費は労災保険から全額支払われることになるので、自己負担は原則発生しません。
※通勤災害に際しては、一部負担金として200円(日雇特例被保険者の場合は100円)が徴収されます。
休業(補償)等給付
休業(補償)等給付・・・業務災害、または通勤災害による傷病の療養のため労働することができず、賃金を受けられないときに受給できる給付です。
受給できるのは特別支給を合わせて、給付基礎日額の80%になります。
障害(補償)等給付
障害(補償)等給付・・・業務災害、または通勤災害による傷病が治ゆ(症状固定)した後に、一定の障害等級に該当する障害が残った際に受給できます。
障害等級第1級から第7級までに該当する障害が残ったときは年金、障害等級第8級から第14級までに該当する障害が残ったときは一時金として支給されます。
遺族(補償)等給付
遺族(補償)等給付・・・業務災害、または通勤災害により死亡したとき、一定の遺族が受給できます。
遺族の要件に応じて年金、または一時金の形式で支給されます。
葬祭料等(葬祭給付)
葬祭料等(葬祭給付)・・・業務災害、または通勤災害により死亡した人の葬祭を行うとき、葬祭を行う人に対して支給されます。
支給額は「31万5,000円+給付基礎日額30日分」と「給付基礎日額60日分」のどちらか多い方の金額となります。
傷病(補償)等年金
傷病(補償)等年金・・・業務災害、または通勤災害による傷病が療養開始後1年6か月を経過した日または同日後において下記のいずれにも該当するとき、障害の程度に応じた年金が支給されます。
(1) 傷病が治ゆ(症状固定)していないこと
(2) 傷病による障害の程度が傷病等級に該当 すること
介護(補償)等給付
介護(補償)等給付・・・障害(補償)等年金や障害(補償)等年金の受給者で、第1級の者または第2級の精神・ 神経の障害および胸腹部臓器の障害の者であって、現に介護を受けている人に対して、介護費用の額などが支給されます。
二次健康診断等給付
二次健康診断等給付・・・事業主が行った直近の定期健康診断等(一次健康診断)において、次の(1)(2)のいずれにも該当するとき、追加で健康診断や特定保健指導を受けることができます。
(1) 血圧検査、血中脂質検査、血糖検査、腹囲またはBMI(肥満度)の測定のすべての検査において異常の所見があると診断されていること
(2) 脳血管疾患または心臓疾患の症状を有していないと認められること
給付の詳細につきましては、下記の参考サイトをご確認ください。
また、保険給付のほかに、被災労働者の社会復帰の促進、被災労働者やその遺族の援護、適正な労働条件の確保等を図るため、業務災害又は通勤災害に対する保険給付の事業に附帯しつつ、これと並立する事業として、労働福祉事業を行っています
なお、労災保険の保険料は全額事業主が負担することになります。
雇用保険
雇用保険とは、主に失業した人の生活を保障するために、必要な給付を行う公的保険です。労働保険に分類されます。
失業した人の生活保障だけでなく、就職のための教育訓練を受けた場合や、高齢により賃金が一定以上下がった場合、育児や介護のために休業した場合などの給付も行います。
雇用保険についても主な給付内容を下記にご案内します。
基本手当
基本手当・・・定年退職、自己都合退職、勤務先の倒産、契約期間の満了等により離職した場合に、失業中の生活を心配しないために支給される、雇用保険の最も基本的な給付です。
なお自己都合退職の場合、2か月間の給付制限期間があります。
一方で倒産や解雇等で離職を余儀なくされた者(特定受給資格者といいます)、および期間の定めのある労働契約が更新されなかった等により離職した者(特定理由離職者)は、自己都合退職の者よりも手厚い給付を受けることができます、
就職促進給付
就職促進給付・・・離職者が早期に再就職できることを促進することを目的とし、「再就職手当」、「就業促進定着手当」、「就業手当」等が支給されるものです。
教育訓練給付
教育訓練給付・・・働く方々の主体的な能力開発やキャリア形成を支援し、雇用の安定と就職の促進を図ることを目的として、厚生労働大臣が指定する教育訓練を修了した際に、受講費用の一部が支給されるものです。
雇用継続給付
雇用継続給付・・・職業生活の円滑な継続を援助、促進することを目的とし、「高年齢雇用継続給付」、「介護休業給付」が支給されるものです。
育児休業給付
育児休業給付・・・雇用保険の被保険者が育児休業をした場合に支給されます。子育て支援の一環として、一定期間の休業中の収入ダウンを支援することで、出産や育児による離職を防ぐ目的として作られた給付です。
給付の詳細につきましては、下記の参考サイトをご確認ください。
【参考資料:厚生労働省 労働者の皆様へ(雇用保険給付について)】
雇用保険の保険料は、労働者・事業主ともに一定の負担割合で負担します。
社会保険、労働保険の手続き方法
次に上記で概要を説明した保険について、加入手続きの方法をみていきたいと思います。
健康保険、厚生年金の手続き
健康保険と厚生年金保険は、社会保険としてまとめて加入手続きをします。
下記に必要書類の概要を表形式でまとめたので、ご確認ください。
必要書類名 |
提出先 |
提出時期 |
健康保険・厚生年金保険 |
事業所の所在地を管轄する |
事実発生から5日以内 |
健康保険・厚生年金保険 |
事業所の所在地を管轄する |
事実発生から5日以内 |
健康保険 |
事業所の所在地を管轄する |
事実発生から5日以内 |
それぞれの必要書類の概要について解説します。
健康保険・厚生年金保険 新規適用届
事業所が健康保険・厚生年金保険に適用されることになった場合に提出する届出です。
添付書類として、法人(商業)登記簿謄本、保険料口座振替納付(変更)申出書(口座振替納付を希望する場合)が必要になります。
【参考サイト:日本年金機構 事業所を設立し、健康保険・厚生年金保険の適用を受けようとするとき】
健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届
従業員を採用した場合等、新たに健康保険および厚生年金保険に加入すべき者について提出する届書です。
新規設立の場合は、1.の新規適用届とあわせて提出することになります。
健康保険 被扶養者異動届
被扶養者の追加、削除、氏名変更などがあった場合の届書です。
新規設立で、被扶養者のいる被保険者がいる場合は、1.の新規適用届、2.被保険者資格取得届とあわせて提出することになります。
【参考サイト:日本年金機構 家族を被扶養者にするとき、被扶養者となっている家族に異動があったとき、被扶養者の届出事項に変更があったとき】
労災保険の手続き
労災保険における必要書類と提出先、提出時期は下記表の通りとなります。
必要書類名 |
提出先 |
提出時期 |
労働保険 |
労働基準監督署 |
保険関係が成立した日の |
労働保険 |
労働基準監督署 |
保険関係が成立した日の |
それぞれの必要書類の概要について解説します。
労働保険 保険関係成立届
従業員(パート、アルバイトにも適用)を 1 人でも雇い入れた場合に必要となる届出です。
従業員の労働保険加入義務を履行するための手続きに必要なものです。
労働保険 概算保険料申告書
労働保険料(労災保険料・雇用保険料)を納付するための申告書です。1.の保険関係成立届を提出すると労働保険番号が発行されます。
その番号を確認したらすぐに提出するようにしましょう。なお、申告書と一緒に初年度の概算保険料(労災保険+雇用保険)の納付も必要になります。
※労働保険料は、年度分を前払いする仕組みです(前払いで払った保険料を概算保険料といいます)。
次年度以降は毎年6月1日~7月10日に納付しますが、その際に前年度の実績で算出した確定保険料と概算保険料とで過不足を調整します。
雇用保険の手続き
雇用保険における必要書類と提出先、提出時期は下記表の通りとなります。
必要書類名 |
提出先 |
提出時期 |
雇用保険 |
ハローワーク |
適用事業に該当した日の |
雇用保険 |
ハローワーク |
従業員を雇用した月の |
それぞれの必要書類の概要について解説します。
雇用保険 適用事業所設置届
会社を設立して従業員を一人でも雇用した場合に義務付けられている雇用保険の適用を受ける際に必要な書類です。
雇用保険 被保険者資格取得届
事業主が雇用保険の加入条件を満たした従業員を雇用した際に提出する届け出です。
なお、労働保険(労災保険・雇用保険)の成立手続等の方法は、図解で記載されている下記のサイトを参考にしてください。
手続きしないと起こるリスク
これまで法人設立した場合に必要となる保険の手続きについてみてきましたが、これらはすべて法的に義務付けられている手続きです。
起業直後はなにかと慌ただしいものですが、うっかり忘れてしまうと、うっかりしていたでは済まされないリスクがあります。
そのことにも触れておきたいと思います。
6ヶ月以下の懲役、もしくは50万円以下の罰金
虚偽の申告をしていたり、複数回にわたる加入指導に従わない等の場合、悪質と判断され、懲役、罰金が適用される可能性があります。
最大で過去2年間分の保険料を徴収
年金事務所からの加入要請や訪問による指導に従わないと、強制的に加入させられる恐れがあります。
その際に未納分の社会保険料を過去2年間分だけでなく、利息に該当する延滞金も徴収されることになります。
ハローワークに求人が出せない
法的に加入が義務付けられている社会保険に未加入であると、ハローワークに求人票を出すことができません。
従業員からの不信感につながる
将来本当に適正な年金がもらえるのか、病院に行っても3割負担で診察してもらえるのか、等といった従業員の不信感が生まれます。
仕事に対するモチベーションの低下にもつながりかねません。
このように未加入が露見されると様々な場面で大きなリスクとなります。加入要件をしっかり確認し、手続きを漏らさず行うようにしましょう。
まとめ
会社を設立すると、社会保険・労働保険の加入義務が発生します。
社会保険・労働保険は会社にとって大切な従業員の不測の事態や老後における補償に備える上で、とても大切な仕組みです。
加入義務を怠ると罰則が適用される可能性もあり、会社にとっても従業員にとってもメリットはひとつもありません。
税理士や社会保険労務士といった専門家に相談する等して、漏れのないようにしっかり手続きを進めるようにしましょう。